日々のかたち













「よし、できた。雲英、運んでくれ。」

「はーい」




受け取ったお皿からふわりと漂う匂いに僕のおなかは返事をする。
最近では、彼が作り始める頃から僕のおなかが鳴ってしまって、その度に、「反応が早すぎだ」と笑われてしまうのだ。
まるで食いしん坊のようでちょっと恥ずかしいけれど、それくらいひだてさんの料理はおいしい。


でも、それ故に僕がひだてさんにおいしい料理を作ってあげたいという願いは遠のいてしまっているのだけれど……


それらを居間に運び、すべてがそろったところで、一緒に





「「 いただきます 」」





そうするのが毎日毎食の日課だ。




「うわぁ、おいしいです!」

「そうか」




彼は、和食派のようで、基本的に朝食はご飯とお味噌汁、焼き魚にお豆腐と海苔だった。
他にも色々作ってくれるし、彼の作るモノならなんでも好きだけど、その中でも彼の作った和食が一番好き。




「やっぱり、ひだてさんのつくったものはおいしいなぁ……またおかわりしちゃいそうです。」

「まだあるからしてもいいぞ。……よっぽどおなか空いてたみたいだからな」




支度の前からお腹鳴らしてたし…。とくすくす笑いながら言うひだてさんに、少し顔を赤らめて頬をふくらます。




「それは……………おいしすぎるからですもん」




そう言うと、ひだてさんは更にくすくすと笑いだして僕もま恥ずかしくなってうつむく。




「冗談だからそうへそ曲げるな。雲英は食べ盛りなんだからいいんだぞ。どんどん食べろ。……な?」

「…………はぁい」




なんだか釈然としない思いがあるものの、食欲には勝てずにまた食べ始めた。











ここに暮らしはじめたのが2年前。
盗賊に故郷を襲われ、僕は連れ去られた。
そこで助けてくれたのが、ひだて(緋楯)さんだった。
そして、帰るところのない僕をここに置いてくれたのだ。


その時、彼が妖狐で、九尾というすごい妖怪さんだって言うことを知った。


妖怪と言えば、とても恐い印象があるけど、ひだてさんはすごくきれいで、とてもやさしいんだ。
お友達の千鶴(ちづる)さんも蒼麻(そうま)さんもやさしいから本当は、妖怪は思っていたよりも恐いわけじゃないんなんじゃないかと思う。

ひだてさんにそう言うと


『確かに雲英の周りはそう言う奴らがが多い。でも、妖怪っていうのはいい奴ばかりじゃない。俺も、昔は……』


それ以上は言葉に出すことがなかったから何を言おうとしたのかわからなかったけど、やっぱり恐い妖怪さんもいっぱいいるみたいだ。



でも僕は、たとえ妖怪でも、ひだてさんに助けてもらえてよかったと思うんだ。





じゃなきゃ、こんなに幸せだと思わなかったから。
こんなにそばにいたいと思う人には出会えなかったと思うから………。








「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。」




僕は空になった2人分のお皿を片づけ、洗い始める。
片づけるのは僕の仕事。
僕はまだ料理ができないから、せめて後かたづけはとお願いしてやらせてもらってる。
やっぱり住まわしてもらっている以上、何もしないのは嫌で、僕も少しはひだてさんの役に立ちたいと思った。
僕はまだ子供で、迷惑もいっぱい掛けているのも理解している。
本当は料理も出来ればいいんだけれど、それはまだ先のことになりそうだ。
というか、出来たとしても、絶対ひだてさんのが上手いだろうし。



ひだてさんは器用だし、なんでも出来ちゃうからなぁ……



そんなことを思いながら、洗い終わったお皿を元の場所に戻した。
ひだてさんの所にもどると、同じ所に座って、なにやら僕の顔をじっと見ている。
そのきれいな金色の瞳で見つめられるのは、何年経っても慣れることはないだろう。




「な、なんですか……?」

「………………髪」




そうして近づき、しばらく僕の頭をくしゃくしゃなでて、前髪をつん、とひっぱられた。




「伸びたな。」

「そう、ですかね?」




ここに来てから、自分で前髪くらいは切っていたけれど、そういえば前に切ったのは結構前だったのような……
確かに前髪が目ににかかって、意識すると少し邪魔かもしれない。




「じゃあ、後で切りますね」

「………俺が切ってやる」

「えっ、いいですよっ!自分で切れますから」

「俺がやりたいんだ。……………駄目か?」




そう言われると、僕が嫌って言えないのを知ってるくせに………!
ぶんぶんと首を振ると、彼の手が頭にぽんとのせて、うれしそうに笑ったのだった。




























ちょき、ちょきという音。目の前にはひだてさんの顔。
どうせなら少し整えようと、前髪だけでなく、全体的に切られていく髪の毛。


ぽかぽかと日の光で暖かい縁側に座り、僕はされるがままになっていた。




「雲英は癖っ毛なんだな。」

「そうみたいですね。でも、前髪はまっすぐですし、癖と言っても弱めのなんで支障はないんですよ」




お父さんがが癖っ毛で、お母さんが直毛だったんでその遺伝で混ざったんですかね。
そんなことをしゃべりな合いながら、ひだてさんのがする散髪にまかせる。




「……あの、まだ切るんですか?整えるくらいでいいのに」

「時期的に暖かくなってくるだろうし、長いと暑いだろう?」

「それは、そうですけど…………」




それに、とひだてさんは続ける。




「俺は耳が隠れているより、出ているほうが可愛くて好きだな。」

「………………そう、です、か」




…………そうやってこの人は、恥ずかしいことを平気でさらりと言ってのけてしまう。
その度になんだかむずむずして、落ち着かないんだ!




「よし、できた」

「あ、ありがとうございました」




髪の毛をクシャクシャとかき混ぜ、切った毛を払い落として、髪型を整えてくれる。
そして、近くに置いた手鏡を覗く。
目に掛からない長さの前髪。
全体も思ったよりも長さは切られてなく、肩より少し上程度。その代わり、量をすいているようだ。


ひだてさん、髪の毛切るのも上手なんだ……
またひだてさんの器用な一面を見れてうれしいけど、すごいところがまた増えてしまって、僕ももっとがんばらなきゃなと勝手に落ち込んでしまう。




「やっぱり、ひだてさんはすごいですね……何でも出来ちゃって。僕も見習わなきゃですね」

「ばか、何百年生きてきたと思ってる。お前の何倍もの年を一人で暮らしてきたんだから、なんでも出来なきゃ生きていけないだろ。……あ、また自分はなんにも出来ないとか思ってるだろ」




ちょっぴり思っただけなのに、見透かされていたらしい。
ひだてさんはすぐ僕の思ってることがわかっちゃうからすごいなぁ。そう思っていると、




「雲英は顔に出やすいからすぐわかる」




あ、今度は『どうしてわかるの?』……って顔に書いてあるぞ。
なんてことを言われて、とっさに手で両頬を覆うと、くすくす笑われてしまった。




「ひだてさん、いじわるです……」

「悪い悪い。でも、ほんとにそんなこと考えなくていいんだぞ。ゆっくりでいいんだ。急がなくても、自然に成長していくんだから、背伸びしないで今自分に出来ることだけすればいいんだ」

「いま自分に、できること……?」




ひだてさんはこくりと頷く。




「お前は食器の後かたづけも、部屋の掃除もしてくれるだろう?それでいいんだよ」

「………でも迷惑ばっかりかけて…それだけじゃ」

「コラ、でもって言うな。お前は十分すぎるくらい手伝いもしてくれる。それに、本当はそばにいてくれるだけでいいんだ。……俺にとってはそれだけでも、幸せなんだ」

「え、あ………あ、の」

「だからそんなこともう気にするな。今のままでいい。ゆっくり。ゆっくりできるようになろう。……な?」

「……は、い………う、ぅぇぇ」




ひだてさんの言葉に、勝手に涙が出てきた。
僕は、知らないうちに、ムリをしていたのかもしれない。
ひだてさんに追いつきたくて。追いつきたくて。
いっぱいいっぱい背伸びをして。 でも彼は、そんな僕にそのままでいいと、ゆっくりでいいと
肩の力を抜いてくれた。ありのままの僕を受け入れてくれた。



僕のことをこんなにも大切に思ってくれる。
とてもとてもやさしい
そんなひだてさんが改めて大好きだと

その大好きなひだてさんの腕の中で








そう思ったんだ

























「まぁー緋楯の場合、雲英ちゃんがいればなんでもいいんだよね!あとは雲英ちゃんがラブに目覚めて、ゆくゆくはめくるめく愛欲の日々を……」

「千鶴……………シメるぞ」

「ヒィィィィィ!!」

「あの、なんの話……?」

「気にしない気にしない〜雲英ちゃんは知らなくてもいいの!さ、こっちであたしとお話ししましょうねぇ〜?」

「あ、え、蒼麻さん……?」








会話の意味を知るのは、もう少し先のこと………